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甲府地方裁判所 昭和36年(わ)96号 判決

被告人 鈴木誠

昭九・三・一六生 無職

主文

被告人を懲役四年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、小学校卒業後メリヤス工員となり、昭和三五年六月甲府市内の窪田メリヤス工場へ勤めるようになつて、同じ職場に働く女工員野呂瀬芙美子(昭和九年生)と知り合い恋仲となつて翌七月には内縁関係に入るまでになり、同女の母の家である甲府市飯田町七〇一番地野呂瀬うめ子方で約一ヶ月同棲生活をしたのち、市外にある自己の実家へ移つてメリヤスの下請加工をはじめ、同年一二月には親の援助により市内に新居を構え右事業を続けるに至つたが、そのころより、被告人は家業を怠たるようになり、加えて芙美子が日蓮正宗(通称創価学会)の熱心な信者であつたのに反し、被告人は単にその信者になつたにすぎない程度であつたという信仰の強弱もあつて、同女は被告人との生活の将来に見切りをつけ、昭和三六年二月ごろには被告人に内縁関係の解消を申入れるまでになつたが、被告人はかえつて同女なしには生きてゆけないと洩らすほどにますます同女に執着し、同女が同年三月五日すきを見て右母のもとへ帰つたのちには睡眠薬自殺をはかつたほどで、しばしば同女の家を訪ねて従来の生活を続けてくれるよう執拗に言い寄り、実家へ同女を強引に連れ帰つたこともあつたので、同女は被告人から一時遠ざかつて当分その様子をみようと考え、被告人にしばらく東京へ行つて働くが着いたら手紙を出すから気持を落さずにいるよう言残し、出発の日時も知らせず同月三一日上京した。

その後被告人は同女のことが忘れられず悶々の情を抱いて日を送つていたが、同年四月三日朝から焼酎を三合ほど飲んで外出し、映画などみたのち午後五時半ごろ焼酎一合ほど飲み、同八時ごろ同女が在宅するかもしれないと考えて前記うめ子方を訪れたが、家人不在のため一旦立ち去り、更らに焼酎一合ビール一本を飲んで再び同九時ごろ同家を訪れ、うめ子に対し芙美子の居所を教えるよう強引に交渉したが、その態度におそれをなしたうめ子はこれを教えず外出してしまつた。被告人はやむなく外へ出てまた焼酎約四合を飲み附近を徘徊するなどして時を過したのち、翌四日午前三時半ごろ三度同家へ赴くと、表入口は戸締りがしてあり暗かつたので家人は不在であると思つたが芙美子の荷物の有無を確かめればその居所も推測できると考え同家勝手口に迫り戸を強く引くと開いたのでそこから屋内に入り、人に気づかれまいと電灯をつけず、台所にあつたマツチを次々とすりながらまず南六畳間を探し、さらに北六畳間押入れの東側ふすまをあけてその内部を調べていた際、手にしていたマツチ棒の火がたまたま右押入れ上段にあつた新聞紙にふれてこれに引火したため急いでこれを消火しようと手で叩いたところかえつてその傍にあつたセルロイド製針箱に燃え移り、続けてこれを手で叩いたが一時に燃え上がつたためこれに驚ろき、かつ留守宅へ無断で入つたことが発覚するのを恐れるあまり前記のとおり同家に住んでいたこともあつてその勝手を知つている者として水をかけ、あるいは近隣の者の援助を求めるなど適宜の措置を講ずれば、消火することが容易であつたにもかかわらず、そのまま放置すれば同家屋に延焼しこれを焼燬するにいたる危険があることを予見しながら、これを容認しつつ何ら適当の措置を講じないでその場から逃げ去りよつて右火焔を燃え拡ろがらせ、現に右うめ子等が住居に使用している同女所有の平屋建居宅一棟建坪九坪(内部の家財道具とも時価約八〇万円相当)を全焼させてこれを焼燬したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法第一〇八条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、犯情憫諒すべきものがあると認められるので同法第六六条第七一条第六八条第三号を適用して酌量減軽をした刑期範囲内において被告人を懲役四年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が本件犯行当時多量の飲酒の結果心神耗弱の状態にあつた旨主張するが、前記認定のとおり被告人は相当多量の飲酒をしているがこれは犯行の前日朝より相当の時間的間隔をおいて飲酒したものであること、本件犯行の前後において被告人は思慮ある行動をとつていることならびに被告人の当公廷および検察官に対する供述内容からすれば当時酩酊はしているが是非善悪を識別する能力を著しく欠いていたとは認められないので、右弁護人の主張は採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢艮 西村康長 田中清)

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